学会誌

Journal of Equine Science(英文雑誌)

-座談会- ウマ科学の未来を探る


 

 
 
 出席者
 本好茂一(ウマ科学会会長)
   
 山野浩一(作家)
   
 山口真知子(獣医師)
   
 林良博(編集委員長)

-800人をこえるウマ科学会-

【林】本日は,皆様お忙しいところ,ありがとうございます。まず本日の会の主旨を,会長からご説明いただけますか。

【本好】ウマ科学会は,八百数十名の会員を擁する大きな学会になっております。ところがその船はどこに行くか,というのが非常に曖昧模糊としているのです。お客さんは揃った。船はできた。さあ,どこへ向けていくかということになると,船長の決断もあるが,まず乗客の意見を聞かなくてはいけない。その乗客が,皆バラバラでも困る。一緒の船に乗ったのだから,良い方向にいかなければいけないだろう。そこで,なるべく色々な分野の人の意見を聞いてみよう。そしてウマ科学,ウマ文化をどのように伝えていくか。いま競馬が非常に隆盛だから,そういう力もバネにさせてもらってウマ文化を伝承していこう,というのが今日の趣旨なのです。山野さんは,ウマ科学会の最初からの会員でもあるし,馬のあり方についてのオピニオンリーダーですので,ご意見を伺えば,きっと日本の大衆が持っている馬に対する考え方,そういうものが聞けるのではないかと思います。それから,昨年自費でイギリスヘ行って,身障者の馬術を勉強してこられた山口さんに,向こうの馬の取り組み方をお聞きすれば,きっと我々の将来の方向に役に立つのではないか。編集委員長に,そういった話を引き出してもらって,そして我々がそういう意見に対して反応できるような学会をつくっていきたいと思います。

【林】先生と山口さんが来られる前に雑談していたのですが,もし会長と山野さんだけですと,すこし固い話になるのではないか。そして偏ってしまうのではないか。そういう意味では山口さんに来ていただいて,幅を広げていただくというのは大変に意味があると思います。

【本好】それでは山口さんからお話いただきましょうか。まず山口さんが,馬に寄せる気持ち,自分の履歴書みたいなものを会員の皆さんにもご紹介する意味でしゃべっていただければ。学生時代は馬術部だったでしょう。

【山口】してましたけれども,夏休みまでです。馬術部の気風に合わなくて辞めました。実は除名なのですけれども(笑)。

【山野】それは問題ですよね。

【林】山野さんのおっしゃっている問題点というのは何ですか。

【山野】馬術部というのは,昔からの古い体質をいちばん残しているのではないですか,運動部の中で。やはりスポーツというのは本人が楽しむというのが中心で,楽しむことで強くなるという自主的なものですよ。日本人というのはもともと,自主的に何かをやるという意欲みたいなのが欠けていて,下の人間はとにかく上から与えられなければやらない。下の人間は上になったら,自分の視野だけで下を強制するという悪習慣を,戦前からそのまま引きずってきましたよね。

【林】山口さんが馬術部をやめたのも,そういうところが大きかったのですか。

【山口】そうですね。先輩,後輩の間の厳しさとか,絶対服従で,民主的という雰囲気とはまるで違いました。時代もちょうど70年安保のころでしたから,学生としての雰囲気としては相入れないものでした。私も除名になりましたが,あのときはほとんどやめてしまって,一人か二人しか残らなかったのです。

-日本で馬を飼うことは可能か-

【林】それでも馬が好きだというのが残っておられた。

【山口】そうですね。その後は趣味で小淵沢とかに行って,週末など乗っていました。卒業して,北海道に就職しましたが,でもしばらくは飼えませんでしたね。十年ぐらいたって,村外れに土地を買って,家の横に畑を借りて,そこで馬を飼い始めたのです。そのときには道営競馬の久保さんという方が最初はポニーをくださって,それから「慣れたかい」と言って今度は競走馬をくださったり,楽しんできました。

【林】日本人としては最高のぜいたくですよね。

【本好】そうですね。馬が飼えるという環境はこの関東一円では大変だと思います。

【山野】本当はその気になればできないことはないはずなのですけれどもね。そういう決断をする人というのが少ない。何よりも馬というのは毎日手入れしなければならないから。乗馬クラブヘ領けておけば簡単ですからね。全部面倒を見て10万円ぐらいなら,預けておくのがよいと。

【山口】大変でしょうと言われるんですが,実はうちの飼い方はものすごく手抜きなんですよ。手入れも毎日はしませんし,水も牛に使うような自動給水機を使っています。冬場もヒーターで凍らないようにしていますから,水はいつでも飲めるでしょう。餌もロールベーラー,あれをどんと置いて,それが主体の餌ですから。乗った後とか,ちょっと栄養をつけてやりたいときに濃厚飼料をやるぐらいで,手がかからない飼い方をしているのです。

【山野】東京だって,一つの区に十人でも百人でも馬を飼う人がいれば,街全体を変えなければしようがなくなるわけですよ。外国でも大体そうでしょう。街によって残っているところは,やはり道を馬が歩けるようになっている。しかし,馬を飼う人がいなくなったところはどんどんできなくなっていきますよね。札幌でも,ほんの30年ぐらい前だとまだ馬車は動けたし,馬に乗っていてもどこにでも行けましたね。いまはもう絶対にインポッシブルですが。

【山口】そういう時代ですね。犬ですら飼いづらいようですよね。馬などはとんでもない,というのが実情みたいですよね。

【山野】とにかく1回変わってしまうと戻せないですからね。

【林】いまはマンションで犬を飼えるようにしようという運動が盛んになってきているのですが,なかなか難しいですね。日本人の動物観というのはちょっと狭いから。

【山野】公園だって犬は立入り禁止になっていたでしょう。最近でこそ都営の公園は入ってもいいようになりましたけれども。

【林】犬の場合は,飼い主のモラルが低いのも障害になっていますね。

【山野】正しく飼っていないから,鎖を放したら子供がいようが何しようがばっと走って行ってしまうということがありますね。

【林】馬の場合だと飼い主が,モラルを云々する前に,飼うというのはどういうことか,わからなくなってしまっているんでしょうね。

【本好】何年か前,アメリカの大学の先生が日本に来られたので,「馬をたくさん飼っているそうですが,どうしていますか」と聞いたら,「いや家内がやっている」と言うんですね。「カミさんに聞いてくれ」というので聞いたら,「朝起きたら馬房のマセン棒を外します。そして一日放牧してやる。そして夕方マセン棒を閉めると終わりです。あとは水だけやる」「草を食わせるのはどのくらいの広さがありますか」と聞くと,「何町歩あるかわからない」と言う。その草で十分だ,何もやっていない。そういう感覚で馬が飼えるという豊かさが,日本にはないですよね。

【山野】そうですね。それはアメリカの富豪農家とか,アルゼンチンの富豪農家とか,あとはヨーロッパの貴族だけのものですよね。でも必ずしもそういうふうでなければ馬は飼えないというわけではないですからね。実際にヨーロッパだってアメリカだって,そうでない環境で飼っている人はたくさんいるわけだし。

【山口】うちのほうの田舎ですが,帯広市内でも,クリーニング屋さんが飼っています。河川敷,土手の草を食べさせて,夕方になったら連れて帰っているのですが,やろうと思えば空き地の草だって飼えると言えますね。

【山野】できるでしょうね。

【山口】私が獣医で入った45年ごろの十勝には,伝染性貧血の検査でたくさん馬が来ました。あのころはまだ耕作などに使っていたのですが,あっという間にいなくなりましたね。しかし,そのころのおじいさんたちは,馬を扱った経験とか,懐かしさはいまでも持っています。その人達がいまリタイアーする年代に入られまして,息子さんに農家を譲り渡して,自分の趣味でポニーを飼い出すという人がうちの村でも何軒か出てきています。

【山野】ポニーは乗らないで単に飼っているだけという人が多いですね。

-乗馬の本当の楽しみ方-

【林】ただ単に飼っているだけだったら,これは大きな犬だと考えて飼える。しかし,乗るとなると問題が出てくると思うのですが。

【山野】乗馬に関しては,いまの日本の乗馬のあり方というのが一番問題になると思うのですよね。例えば,オーストラリアのシドニーでイースターの間にショーがあって,ありとあらゆる馬の競技を,一日百個ぐらいのプログラムで1か月間ぐらい続けてやっているのです。例えば,小学生が二人同じ服を着て,2頭ペアでぐるぐる回る。回るのは外の人は足が早くなければいけないし,歩幅をそろえなければいけないし,なかなか難しいのですよね。そういうのをたくさん,次から次にやるのです。もちろんちゃんとしたジョージャンプもあるし,単にトロットで歩き回るだけとか,ありとあらゆる競技があるわけです。日本の場合はそういうものがまったくないでしょう。これは日本のスポーツ全般にそうだと思うのですが,例えば,ぼくはいま水泳をやっているのですが,水泳を3年ぐらい前から始めて,割合に上達するのでこの間,マスターズの大会に出たのです。行ったら元選手だったという人ばかりで,普通の人はいないのです。日本人というのは,スポーツを本当に楽しむということがないのですよね。乗馬のような楽しいことは,本当に楽しむだけでよいと思うのですが。いま乗馬クラブに行くと,大会に出場するというので,とことん練習させられて,調教してという感じでやるわけでしょう。そういう形でやっていたら本当に楽しめないですよね。ぼくは他のことはできないけれども,トロットだけはきちっとできるのだ,この馬とトロットだけはものすごく気が合うのだ,というようなことがあれば,それだけ出ればよいわけですよね。

【林】先ほど話になった馬術部が非常に保守的だったということと関係しますが,日本の場合にはその道を究めなければいけないと,茶道にしろ何にしろ,乗馬道にしてしまわなければいけないという雰囲気があるのでしょうね。しかし,日本はそろそろ円熟した社会になりつつあるわけですから,今後はよい方向に行きますでしょうか。

【山野】微々たるものだけれども,多少は変わってきていますよね。水泳で言えばマスターズ大会みたいなものが最近になってようやくあちこちで行われるようになったのですよね。馬術の場合も,総合馬術みたいなものをけっこうあちこちでやるようになっているでしょう。昔は総合馬術というのは国体とかでしかなかったようなところがあるでしょう。

【本好】中央競馬会がアラブをやめるというのを提案したのだけれども,高校の教育に馬術を入れたいというところに,何か目に見える形の援助をしてもらえないか。そして教育の中に馬術を入れていく。そういう提案をしたのですが,実現するかどうかわかりません。

【林】小学校でよくウサギを飼ってますでしょう。ウサギは教育的な飼育にあまり適さない動物だと思うのです。けっこう凶暴ですし,動物とのコミュニケーションがとりにくい動物ですね。思い切って馬を学校で飼ってくれるなどということはできないものでしょうか。

【山野】それができれば理想でしょう。大体私も馬に乗るようになったのが40を過ぎてからなのです。競馬のことをずっとやっていて,馬が好きだったけれども,考えてみれば馬に乗ったことがないなと思って習いにいって乗ったのですが。馬は乗ってもほとんどわからないけれども,手入れをしているときというのはよくわかりますよね。本当に楽しいのは馬を手入れするときですよね。馬と付き合えますから。

【本好】コミュニケーションだね,馬との。

【山口】それをわかっていない人ってけっこういると思うのですよ。馬の楽しみって乗ることだけだと思っている。

【山野】ぼくはオーストラリアで4頭ほど馬を持っているのですが,そこの厩舎に行くと,この馬は何とかという名前で呼んでいて,こういうときにはこうだし,ここのところはものすごく素敵なんだとか,そういうことをずっと一通り話してくれるのです。未調教の馬でもそういうふうにきちっと馬の個性とか,そういうものを知っていて,それでこういうふうに,応えてやるとか,手入れをするときにこういうことに気をつけなければいけないとか,そんなことをやっているのですね。ああいうところはやはり違いますよね。

-多様な馬の品種-

【林】話をまた山口さんに戻しますが,これまで何頭飼ってこられたですか。

【山口】一頭から始まって一番多いときで,それでも13頭ぐらい。いま11頭います。この間ポロ馬を何頭か買ってきたので増えてしまったのですけれどもね。

【林】すごいなあ。

【山口】いままでは,うちの馬に乗らせてくださいと来る人がいただけなのですが,今年から乗馬クラブという形にしましたので。

【林】最初はポニーから始められて,品種から言うとどんなふうに変わっていったのですか。

【山口】最初はポニーでしょう。それから突然サラブレッドなんですよね。しかし,サラブレッドは疳が強すぎる,大きすぎる,と思ったのです。それで,乗用に向く馬がほしいと思って,サラブレッドにポニーを種付けしました。「え、もったいない」とか人は言いますが,うちは混血で中程度の大きさのがほしいと思いまして。

【山野】サラブレッドが気性が悪いというのは,ぼくは必ずしもそうは思わないのですけれどもね。

【山ロ】そうですか。気性が悪いというか疳が強いとよく言いますよね。

【山野】でもサラブレッドがずば抜けて疳が強いということもないように思うのですけれどもね。特に日本の場合は,サラブレッドが一番馴致されているでしょう。他の種類はあまり馴致されていないでしょう。きちっとプロフェッショナルな形でね。だから乗馬クラブに行ったらサラブレッドに乗るのが一番安全ですよ。他の種類ってあまりやられていないですから,輸入されてそのまま乗馬用にすぐ使っているというケースが多いですから。また,日本の場合は馬の種類を大切にするという考え方が少ないですね。その品種の個性,能力というものをきちっと理解して使うということが,ちょっと欠けていますね。先ほど言ったショーでも,ベアライディンクなら,ウェルシュポニーのペアライディンクであったり,アラブの何とかであったり,というふうに全部あるのですよね。単に馬の品評会ではなくして,乗ることでその品種の能力を引き出すという考え方が向こうにはあるけれども,日本には品種別の競技などというのは全然ないですよね。

【山口】日本にはそんなに品種がありませんでしょう。

【本好】フランスとかイギリスには,品種をきちんと残していく民族性がありますよ。日本は,豚だったらランドレースにしなければだめだと言うと,わ一っとランドレースにしたり,一番生産性のよいものに行ってしまうのですよ。だからサラブレッドというと,もう世界一流の種馬をそろえてやってしまう。

-馬文化とはなにか-

【山口】日本に馬文化というのはあったのでしょうか。

【山野】ないことはないけれど,外国に比べれば恐ろしく希薄であることは事実ですよね。でもモンゴルやハンガリーのような,いわゆる騎馬民族の国にきちっとした馬文化があるかというと,必ずしもそうでもない。彼らは馬に乗って,馬の乳を絞ってというようなことをやるけれども,文化らしい文化は,例えばほとんど馬の伝統のないイギリスとかフランスのほうが,競馬とか,高等馬術とか,ああいうものはむしろ農耕民族のところにできてきているのですよね。だから,日本でこれだけ競馬ブームが起こるというのも,やはり農耕民族の特徴だと思うのですよ。ハンガリーやモンゴルでは,競馬がそれほどは普及しないのではないかという気がするのです。

【山口】身近過ぎてしまうとか。

【山野】いろいろな要素があると思います。身近なものというのが一番大きいでしょうね。それと,馬というものをそれほど神格化できない。イギリスはもともと馬のいない国でしょう。貴族だけがいばって馬に乗っているわけでしょう。皆が憧れるわけです。イギリスの貴族自身も,ヨーロッパ大陸へ行ったら,偉い人というのは皆馬に乗っていて,それにすごく憧れるわけですよね。けれども,同じ貴族同士付き合っていっても,ヨーロッパヘ行ったら貴族は絶対に馬に乗っていなければならないものだということを知ると,英国の人間も皆馬を飼いたがるわけですよね。で,貴族の館で馬を飼うということで,馬を神聖視する思想みたいなのができていったのだと思うのです。

【山ロ】でも日本には貴族がいませんでしょう。

【山野】武士社会というのはほとんど貴族階級と同じようなものでしょう。例えば戦国時代というのは馬を扱う厩舎長というのは,城でも大変な高官だったですからね。そういう意味ではそんなに変わらないのではないかと思うのですが。日本に競馬ブームが来ると言うのは,やはり馬というのがすごいなという感じを,庶民感覚として持てるというところが大きいと思うのです。モンゴルではそういうふうには絶対にならないですよね。いつでも馬に親しんでいますからね。だからそれぞれの民族によって,馬というのはすばらしいものであるという点ではどこでも同じですが,その国によって馬文化のあり方というのは明らかに違う。日本みたいなところで,ある意味で逆説的な言い方だけれども,馬文化が一番育ちやすい国だと思うのです。それが現在の競馬ブームになっているのではないかと思うのですが。

【山ロ】競馬という形で馬への憧れが実現したわけですね。

【山野】そうです。それは英国と同じですよね。英国,フランス,日本という,馬の伝統のない国が競馬という形で一般大衆にまで馬文化が普及しだということが言えますよね。ドイツのように軽種(ワームブレッド)の生産が盛んなのに,どうして競馬が盛んにならないかというと,皆馬に乗るからですよ。

【山ロ】いろいろな楽しみ方がある。競馬だけに集中しない。

-障害者のための乗馬-

【本好】将来的には,いわゆる身障者の馬術,乗馬というものがどの程度広がっていきますかね。

【山口】そのためには,もっと馬が皆にとって身近なものにならなければ。身体障害者が馬を怖がらない前提には,普通の健常者が怖がらないようにならなくてはどうしようもないですから。

【山野】身障者に対する水泳であろうがスキーであろうが,皆一生懸命それを普及させようとしているけれども,なかなかそういうふうにならないのは,まず安全にする問題というのは必ずつきまといますからね。

【山口】確かに医療現場においては,リハビリなど機械至上主義的なところがありますよね。

【山野】機械ならコントロールできるので,安全だということになりますから。

【山口】馬という動物を使うということがどんなに素敵なことか,経験がないから知らないのですね。

【林】そういう現状が日本にあるわけですね。底辺がしっかりしていれば,つまり健常者がちゃんとした認識を持っていれば,障害者にも普及しやすいと思うのですが,そうなっていないわけですね,現実は。そうした場合,どうでしょうか。最初は,物珍しいということでもかまいませんので,ショック療法的に導入することはできませんかね。

【山野】ある程度はできるかもしれません。先ほどの農耕民族の逆説と同じで,底辺からジワジワと上がってくる可能性がなければ,上からポンと与えると,ひょいと拾ってくれるかもわからない。結局ウマ科学会の役割というのは多分にそういうところがありますよ。

【林】ウマ科学会は,800人もの会員がいるわけですから,1つの社会的な動きをつくることができるかもしれませんね。

【山野】知識として馬をいろいろな形で知るということは重要だと思うのですよ。それがいまウマ科学会にとっては一番可能な方法ではないかと思うのです。例えば道産子という馬がどういう馬なのか,ということを知らない人が多いけれども,それを知ると,「ああそうか日本にもそういう馬がいたのか、一度見てみたいな」という気持ちにでもなってくれるとかね。で,ペルシェロンという品種はこういう種類なので,そういう馬というのはどれだけの力を持っているのだとか。それから馬の中には側対歩をする馬がいるんだよとか,そういうちょっとした知識を知ることで,「へえ、そういうものもいるのか」という感じで知るということも多いと思うのですよ。先ほどの,「サラブレッドは気性が悪い」というようなことも一つの例ですが,一般に,俗説となっていることはたくさんあると思うのです。例えば「サラブレッドというのは非常にきれいな馬である。最も美しい馬である」というような。本当に迷信ですよね。もっと美しい馬もたくさんいますよ。そういう色々な迷信がありすぎると思うのです。もし美しい馬というものを実際に見れば,迷信であることが納得できると思うのです。純血アラブであろうが,リピッツアーナだろうが,それぞれのその一番美しい状態を引き出すということは重要です。例えばリピッツアーナを普通に飼っている限りそんなに美しくないけれども,ああいう運動をしていれば独特の動きの柔軟さというのはすごいとだれでも感じると思うのです。

【林】そうですね。あの柔らかさは何とも言えない。馬はどちらかというと,固くなる方向へ固くなる方向へ進化していますから。

【山野】そうです。箱型になるというか。

【本好】ああいう馬術が日本に残らないのだよね。軍隊のような馬術しか。

【山野】でも,リピッッアーナももともとがハプスブルク帝国の軍隊の馬術なのですよ(笑)。

-ウマ科学会の役割-

【本好】話は変わりますが,東山魁夷がずっと御料牧場に通って,馬の絵を描いた。馬の美しさを描いてくれた。またブラジリエの馬の版画があちこちにある。日本人は,そういう楽しみ方をするけれども,自分が馬に乗って,あるいは馬をああいうふうに調教をしてというような,そういう気長さというか,自分が馬をつくっていくというような部分がないのですね。皆気短なのですよ。

【山野】ただ,いまの若い人というのは多少変わってきていますよね。昭和一桁とか,団塊の世代というのは働くことに一生懸命になっているから次々に何かやっていかなければいけないけれども,いまの若い人というのは,何らかの形でマニアックになっていますよね。そしてじっと1つのことをやらなければ気が済まなくなっています。だから,ウマ科学会のようなものがテーマをうまく出してい'くとスムーズに乗ってくるかもしれない。馬を理解する場合に,研究の方法や,テーマの見つけ方とか,いろいろな発想とかイメージであるとか,そういうものをどう掴んでいくかが一番問題です。例えば山口先生が発表された身体障害者の乗馬などというのは,いままで日本ではほとんど知られていなかったことですよね。あれがポンと出てきたとき,あ,そうか,こんなものがあるのかと皆が思いますよね。それを知って,少なくともあのウマ科学会の800人の中にだれか,私もそれをやってみたいという可能性があると思うのですよ。そういうものの発表機関としては,ウマ科学会というのは大変なものだと思います。他にはないですから。

【山口】確かに,あのときにお話をした後で,奥さんなどが寄ってきて「ちょっといいですか。私もそういうことをしてみたいのです」と話しかけられました。また三人ぐらいいたかな,女の子と奥さんと若い男の人から,「馬に乗って走るのは怖いけれども、こういう形で馬に関係しながら何かできるというのは素敵だな」と。こういう形から馬に入っていくという方向もある。そういう見方もでてきたな,という気がしますね。

【林】いま学問の世界が細分化して,総合的に何かやろうということができなくなってしまっているのですね。ウマ科学会は,それを打ち破れるかもしれないという,そういう意味ではいいですね。

【山野】もしウマ科学会がなければ,山口先生がそういうことをされてもだれも知らないと思うのですよ。

【山口】他でやるとしたら身体障害者学会ですね。リハビリ学会とか,縦割りでしかものが運ばないですね。

【山野】やはり馬であることが重要なので,障害者のリハビリであることが一義的には重要なわけでない面がありますよね。馬が生き物であるということは非常に重要なことでしょう。つまり身体障害者のリハビリテーションというのは機能の問題ですからね。馬と付き合うということとまったく次元の違う面はありますよね。

【山口】馬と付き合うよさと同時に,機能的にも馬の動きのよさはあるのです。

【山野】そうでしょうね。それは水泳をやることが,水と付き合うというのと同じような意味はあると思います。水の中で体重がずっと減りますからね。馬に乗ることがそれと同じような意味がありますよね。

【山口】人間の歩くときの骨盤の揺れがありますでしょう。その微妙な揺れ,傾きのテンポを馬の腰の動きが補完してくれるので,決して機械では再生できない動きだということです。

【林】身体障害のリハビリにとって,機械に置き換えられないような馬のメリットがあるわけですけれども,心の障害をもつ人に対しても馬は大切なのでしょうね。

【山口】そういうのは馬でもあるそうです。馬に話しかけるとか聞いたことがありますからね。

-馬のよさ,犬のよさ-

【林】そうすると将来,障害者に動物を応用するのに,犬の場合はこういうよさがあって,馬はこういうよさがあってという,そういう比較ができるぐらいまでにデータがそろってくるのでしょうね。

【山野】それをデータと取るところが少し問題だと思うのです。そこが馬の学問の難しいところで,馬が何を考えているかというのは非常に高度な哲学なので,データとか統計で出してしまったらわからなくなってしまう面があるのですよ。馬のよさ,犬のよさというのは,一番に愛情だと思うのです。コミュニケーションしているのは量的な情報ではなく愛情だと思うのですよ。他の動物,牛,ウサギなどは相互の愛情というのは持ちにくいです。こちらから可愛がることはできるけれども,向こう側からこちらに愛情を持つということはむずかしい。でも馬と犬はそれができるでしょう。犬の場合はかなり人間に対して媚びを売るけれども,馬というのははっきりした愛情と憎悪を持っていますよね。そのよさというのは本当に馬にしかないものだと思うのですよ。

【山口】やはり馬のよさは乗れるということ。犬と違って乗れる。これはいいですよ。だから馬には,不思議な感覚がありますよね。乗ったときの感覚。リードしている喜びとともに乗せてもらっている。何か微妙なものがありますでしょう。それが身体障害者にとってもいいのでしょう。

【山野】しかも馬は後ろが見えるからね。目が後ろまで動くでしょう。背中に乗っている人間を見たり,感じたりできる,馬というのはすごいと思うのですよ。

【本好】犬はやはり可愛がっている部分があって,馬には人間が可愛がられている部分があるからね。乗せてもらって下りるときに感謝の気持ちになるじゃない。ありがとよって。きょうは悪かったねって。

【山野】下手でわるかったね,という気持ちですね。

【林】馬に乗れるということと関係しますが,あれだけ身体が大きいというのも大切な要因なのでしょうね。

【山ロ】大きいということは恐怖でもありますから。

【本好】馬に乗ると急に二階か三階にいるような感じでね,ものすごく高いんだよね,背中に乗ると。だからやはりものの考え方がちょっと変わってくるような感じがするね。

【山ロ】動きも車なんかと違って全然テンポが違う,リズムが違う。ダイナミック感というか,何なのでしょうね。あれは。

【本好】向こうに合わせながら,また向こうに乗せてもらっている,こっちが御しているという二つの喜ひだね。

-競馬に必要なウマ科学-

【林】きょうの話は,競馬以外のところから話をしていただいたのですが,やはり日本で馬の科学となると,競馬が中心になります。最後に,その辺の話に移りたいと思います。

【山野】やはり何と言っても一番大衆に受け入れられるのは競馬だし,それに将来性という点でも競馬が一番犬きいと思う。馬文化が単文化なり機械文明に対して逆流している部分があるとしたら,競馬しかないようなところがありますからね。

【林】そこでどういう科学が私達に必要か,それについてお話しいただけたらと思うのですが。

【山野】日本では競馬関係者ですら,馬に対する考え方が大幅に間違っていたわけですよ。例えば日本の牧場に行ったら草を膝ぐらいまで伸ばして馬を放牧している。一体これは何だ。外国に行ったらこんな牧場は全然ないぞ,どうして掃除刈りをしないのだと言ったり書いたりしたら,最近になってどこも掃除刈りするようになった。またどうしてティモシーで馬を飼っているんだと。ティモシーというのは干草用の草で多年草ではないから,絶対に土地が退化してくるのは分かり切っている。やはりフェスクなりブルーグラスなり,そういう短い草で,放牧用の草を育てるべきではないかと。もうそれこそ20年ぐらいの間ずっと書き続けて,いろいろなところでしゃべり続けて,ようやく最近になってブルーグラスなり何なりが普及しだして,ティモシーはようやく干草に使ってくれるようになったのです。競馬に関してでも,日本独特の,本当に非科学的なことが多すぎるのですよね。一般のものの考え方としても,例えば1週間連闘は馬にきついだろうって。でも馬でも人間でもそうだけれども,1週間以内に2回使うというのはちっともきつくないのですよね。例えばオリンピックでも,どんな選手だって陸上の選手なら2種目以上出ますよね。水泳選手だって4種目ぐらいは出ますよね。それは全然こたえないけれど,オリンピックが終わってすぐ次の月にオリンピックがあったら,それはもう死んでしまいますよね。日本の競馬の使い方は,1か月おきに1回ずつ使っていくのですよね。一番馬に悪い方法なんですよね。しかし外国だと1週間に2回か3回使って,それでぱっと休ませて,また立て直していって,ひと叩きしてまた1週間に2回ぐらい使ってというようなやり方ですよね。全然違うのですよね,いろいろな面で。最近になって少しずつではあるけれども変わって来ているのですが,それでも日本の馬に関する考え方というのはものすごく遅れていたのは事実だと思うのです。

【本好】人間の心理学というのが日本ではずっと後で発達したように,動物の行動学というか,そのあたりの観察方法が日本人に向かなかったから,馬の自然の姿を反映できなかった。学問として取り入れられなかったと。

【山野】それもあるけれどももっと大きな,スポーツ全体に対する考え方だと思うのですよ。日本の場合,オリンピック選手だってそうだけれども,とにかくいままで根性でがんばれとか,そう言われるでしょう。アメリカは科学的なトレーニングでいかにリラックスさせるかということをまず重要視しているのに,日本は根性で,試合の前の日まで汗だく流して,それでがんばれとやっているような,そういうめちゃくちゃなことをやっているわけですよ。最近になってようやく日本もリラックスしてスポーツをすることで,オリンピックでも多少成績が上がり出しましたね。だから,少しそういう根本的な思想,スポーツの思想であったり,運動生理学のものの考え方であったり,いろいろなもの全体を改めていかなければならない面があると思うのです。

【林】それはかなり大きな問題提起ですから,ぜひ次回にお話させていただきたいと思います。最後に会長にまとめていただきたいのですが。

【本好】やはり日本には,心の広さと場所の広さがちょっとなかったような感じがするんだよね。いまやっと普通の豊かな思想を酒養できるというか,味わいながら表現できる時代になってきたから,われわれのウマ科学会も,先ほど話にあった馬術部に入ったときの精神論から脱却して心の広い,愛情豊かな科学を創造していく方向に進むべきだと思いますね。

【林】どうもありがとうございました。また山野,山口両先生もありがとうございました。ますますウマ科学会が発展するために,こうした話し合いを今後も持ちたいと思いますので,会員の皆様もよろしくお願いします。

アングロ・アラブ

※このページで使用している写真は、(株)講談社発行の「世界家畜図鑑」から引用しています。