学会誌

Journal of Equine Science(英文雑誌)

-対談- 日本ウマ科学会の発足から未来まで


 
-本好会長に聞く-

 
 
日本ウマ科学会長
日本獣医畜産大学教授
 本好茂一
 
きき手  林 良博
 (日本ウマ科学会誌編集委員長
  東 京 大 学 教 授)

-学会発足の経緯-

【林】本日は,お忙しい中をありがとうございます。ウマ科学会,今年で5年目を迎えましたね。

【会長】そうですね。創立は平成2年だったでしょうか。JRAの方の話によると,もう10年ぐらい前からの企画だったらしいですが,それに私どもが加わって,初めて実現にこぎつけたというわけです。

【林】その雑誌も,1990年に第1巻が刊行されてから,ちょうど今年で5年目に入ります。前回の総会で決りましたが,新しい雑誌に移行するわけですね。これを1つの節目として,どういう経緯でウマ科学会が設立されたのか,先生にお聞きしたいと思います。いまのお話だと,構想そのものは昔からJRAが持っておられた。それが平成2年に実を結んだのは,特に何かキッカケというのがあったのでしょうか。

【会長】これまでずっとウマに携わってきた人達は,ウマがいままで人類社会に貢献したものを,何とかしていろいろな形で残したいと考えてきました。そこで獣医学だけではなく,畜産学あるいは馬術,また人文科学や社会科学のように広い分野を,何とかこのウマの学会が受け皿となって作ったらどうだろうという方向がでてきたのです。実はもう1つ,第25回世界獣医大会というのが日本で1995年に行われます。それに向けて日本にウマの学会を受け皿として作ってもらえないかという申し入れがあったわけです。それを契機にして,外圧といいますか,それと内なる胎動というか,その2つが相まってウマ科学会ができたわけです。

【林】よくわかりました。これまでにあった構想が,内部的な円熟の度合と,それから世界的な要請といいますか,国際化の流れがうまくかみあって,ちょうど1990年に設立という形になったと考えてよろしいわけですね。

【会長】はい,そうです。

-800人の学会に急成長-

【林】それでウマ科学会ができて,先生はどのくらいの会員が集まると予想されていましたか。

【会長】学会というのは日本では少なくとも,会員数は200名が必要ですので,発起人を200人ぐらい選んで,その方に全部入ってもらえば,まあなんとか学会としての体裁を整えられるのではないかという予測をしたわけです。それで各界,各層の人に声をかけて,設立準備総会に持って行ったところ,確か170人ぐらいの人が参加してくれたんですね。

【林】170名ですか。

【会長】そして,各層の人の声を反映できるように,評議員として確か47人,四十七士という感じで選んだんですね。そして実際に学会を発足させましたら,なんと七百名もの加入をいただいたわけです。非常に意を強くして,世界の獣医学会に報告したら,獣医師が大体6割一7割ぐらい加盟している。受け皿として立派な学会ですという証明を得ましたので,よかったと思っているんです。

【林】現在の会員はさらに増えて八百数十名ですね。こんなに大勢の方が,会員となられたというのは,先生が予想されたより遥かに大きなものですか。

-ウマの科学への欲求はなにか-

【会長】そうですね。とてもそんなになるとは思ってなかったんです。ところがウマに寄せる何と言いますか,郷愁と言ってはちょっとウマに気の毒なんですけれども,競馬だけではなしに,馬術人口もかなりいます。オリンピック競技の中で,動物を使うというのは馬術だけなんですね。他の競技は道具を使っても,みんな人間の作ったものでやってるわけです。それからもう1つ,アメリカでは遠乗りをするという習慣があります。最近日本でもトレッキングという動きが出てきました。またイギリスに伝わっているポロポニーをやろうという人達がだんだん日本にも出てきております。さらにリハビリテーションにウマを使おうというグループがイギリスにいますが,日本にもそう遠からぬ日にそういう人が育つのではないかと思っていたら,もうそういう人達がいたり,あるいは育ちつつあるという状況があります。だから「ウマの科学」というものは,これはわれわれが思っている以上にふかく皆が考えてくれ,またそういうようなことを実行してくれてるんだなという実感を持っているわけです。

【林】そうしますと,競馬が中心になりながら,それ以外のウマを用いたスポーツやレジャーにしろ,リハビリテーションにしろ,そういうものに対する要求は非常に大きかったということですね。それともう1つは,先生が言われたように,ウマという自然が作り上げて,人間が改良した最高の芸術品に対する日本人の憧れというものが非常に強いということなんでしょうか。

【会長】まさにそうですね。日本人というのは,確かに芸術的なものに対して理解度が早いというか,またそれを知らなければ遅れてしまうというような,島国で育ったためか,そういう習性があります。それからウマがあれだけ多目的に利用され,多くの品種が残っています。それを守っているフランスやイギリスがお手本になって,日本もそれらを残したいと,少なからぬ人々が考えていたのではないかと思いますね。

【林】そういうウマに対する憧れも含んだ強い要求が,単にウマ好きでなく,ウマを科学したいという気持ちにつながっていったのでしょうか。私,編集長をやらせていただいているものですから,調べてみましたところ,日本でこのように1つの動物群に対して出ている学術的な雑誌というのは,いままで3つありました。1つは,犬山のモンキーセンターが出版している「Primates」。2つ目には,鯨類研究所が出版している「Sci.Rep.WhalesRes・Inst・」という雑誌。さらに群馬の日本蛇族学術研究所から「Snake」という雑誌が出ています。私たちの雑誌は,1つの動物群を対象としたものとしては,4番目になると思います。このように1つの動物を丸ごと理解しようという要求とは反対に,いま生物学は分析的な方向にいっていますね。分子生物学がその象徴です。生物学的なものを,化学と物理学的なもので理解しようという方向ですが,それに対してまるごと生物を理解したいという,そういう科学の要求が結構あるのではないかなという気がします。先生は,そう辺どう思われますか。

【会長】何年か前にアフリカに行って,野性動物をいろいろな角度から見たわけですけれども,あそこではシマウマというウマ族の一種がいます。非常に弱いんですね,本来的には。攻撃力を持っていない。ところがまるまると太っているんですよ。それは足が早く,目が非常に遠く,水平線上の遠くのものをとらえることができる。だから外敵を避けながらおいしい草のあるところに先に行って食べてしまう。しかしウマ族というのが,ある意味ではもう滅びいく動物ではないかと思います。それに対する人類の思い入れが非常に強いから,何とかして守りたい,またそれのことを知りたいという,そういう欲求が科学につながってくるという気がします。

-成功した学術集会-

【林】そうですね。ところで,この学会の非常にユニークなところは,他の学会は,生物学は生物学だけでまとまっているのですが,ここは生物学を中心とした自然科学はもちろんのこと,さらに社会科学,人文科学も受け入れるというところだと思います。そこで実際にこの4年間,学会が活動してきてどうだったのかを,これからお伺いしたいと思います。まず学術集会,これは毎回百数十人の方が参加されて,もう5回を数えますね。

【会長】第1回は,北大の名誉教授でいらっしゃる八戸先生に,世界のウマがどういう流れで発達し,現在人類の中に定着しているかというような広い意味のお話をしていただきました。それから後半のシンポジウンムでは,日本における色々なウマのお祭りごととか,ウマの発達史などを関係の人にお話ししていただいたわけです。2回目からは一般演題も入り,そしてまた特別講演としては,増井先生にきれいなスライドで野生馬のお話をしていただいた。3回目が仙台で,東北大学の扇元先生を中心にお話をまとめていただいたわけです。信州大学名誉教授村井先生が,明治天皇の御料馬であった金華山号というウマの歴史的背景など,興味深いお話が沢山ありました。それから4,5回目を東京で開催したわけですが,今回はもう1日ではやりきれなくて,2日間にわたって行いました。特に沢崎先生のお話は,ウマに携わった人が感銘を受けて,何とかしてあの全文を雑誌に残してもらいたいという要望があります2日目は,DNAを中心にした最先端のウマに関するお話を頂きましたが,ウマ科学というものが他の分野に決して遅れをとっていないという印象を強くしました。こうしてみますと,このウマ科学会というのは,アンバランスのようだけれども,大きな流れの中で,日本の大切な財産になるのではないかと思っています。

【林】そうですね。第5回の学術集会で,沢崎先生と一緒にお話された中尾先生は,美術解剖という人文科学と私達の生物学とを結びつけたような話をされました。また2日目のシンポジウムでは,八戸先生の歴史的な話から,向山先生のDNA解析による個体識別の話まで,すなわちマクロからミクロまでをカバーしています。そういう意味ではいま先生がおっしゃったように,アンバランスに見えて,非常に統合されていると思います。ところで,1度は東北で学術集会が行われていますけれども,全国の会員の方に聞いていただくためには,東京だけでよいのかという問題があります。.これに対して先生はどのように考えておられますか。

【会長】実は私の出身が九州なんです。九州は現在も馬産が続いておりますし,できたら毎年とは言わないんですけれども,何らかの形で西でも集会を持ちたいですね。もちろん馬産のさかんな北海道でもやりたいと思います。

-市民フォーラムの可能性-

【林】先生が会長として,また名誉会長の西川先生も「馬事思想の普及が重要なんだ」ということをウマ科学会誌の創刊号に書いておられます。大学も昔のように閉じこもらないで,もっと社会全体とつながりを持つために,公開セミナー,市民フォーラムをやっているわけですが,このウマ科学会が何かそういう市民フォーラムみたいなものを将来行う,という構想でもございますか。

【会長】農水省の外郭団体で家畜衛生指導協会というのがあります。獣医師の方々にウマの病気を理解していただくために,今年も講演会を計画していますが,ウマ科学会の会員で伝染病の専門家の方を紹介しましたら,さっそく実現の運びとなりました。 また,いろんな大学で夏休みに馬術部の学生が合宿をやっていますから,ウマ発達の歴史とか,あるいはウマの病気の起こりやすい体型とかいうような話を,われわれが行ってお話してあげるのもいいでしょう。馬術というのは,どうしても乗れるウマに興味がいってしまうので,乗れない馬にも興味を持ってもらえるようにしたいと思います。さらに,農業高校とか,そういうような要望のあるところに行って,ウマの話をさせてもらうとかいうようなことを考えれば,馬事思想はかなり広がると思うのです。さらに将来は,一般市民を対象に日本各地で市民フォーラムを開催できたらいいな,と考えております。

-学術雑誌の今後の方向-

【林】ここで雑誌の話に戻したいと思います。振り返ってみますと,初代の編集委員長の桐生先生がご苦労されて創刊号を出版され,それを天田先生はじめ編集委員の方々が補佐されてきました。巻を重ねるごとにぺ一ジ数が増えて百数十ぺ一ジになっていく。2年前から年に2日出してもそうなってしまう。たった4年間の間にここまでもってこられたというのは,非常に大きなことだと思います。しかし問題としましては,学術性の高い雑誌を指向しますと,八百余名の会員の方,またそれ以外にこのウマ科学会を支持してくださる方々から見て,どうしても難解なものになってしまいます。狭い分野の仕事は,何が書いてあるのか,読んでもよくわからない。同時にまた,世界の研究者が読んでもらうインパクトの高い学術雑誌にするためには,英文化する必要があります。その結果,日本人にとってはますます読みにくい雑誌になってしまう,そういう問題をこの4年間かかえてきたような気がするんです。それについて先生は,この雑誌の使命ということを考え合わせて,どうお考えでしょうか。

【会長】JRA競走馬総合研究所が出しておられた雑誌が30巻続いてきて,その内容は英文が主体でした。しかし日本語論文もあるし,英文には日本語の抄録がついておりましたので,一般の方もわれわれも読ませてもらって参考にしてきたわけです。一方,私どもの雑誌は,まだ4年の歴史しかありませんが,昨年末には日本学術会議の登録雑誌になることができました。そこで,これらの両誌を今年から統合することになったのですが,それを推進して下さった総研の前所長の上田先生に敬意を表します。ところで,英文化の是非ですが,先ほどの沢崎先生のような話は,英語には非常になりにくい内容ですね。ああいうものをぜひ何かの形で,この雑誌の中に入れていただく必要があるのではないでしょうか。新しく別にもう1つ日本語の雑誌を作ってしまえと言えば簡単ですけれども,出版事業というものは非常に時間とお金がかかります。今年の夏,コーネル大学に行きました。ある病気について,どうにも私が理解できない話がでたので,聞いたら日本の雑誌を持って来た。「その日本の論文に,ちゃんとあるじゃないか,君読まないのか」と言うから,「実は,私はその雑誌の創刊号から関与しているんだ。これは驚いた」ということで大笑いになりました。彼らは,日本語の内容を情報として取り入れるいために,しっかりしたシステムを持っている。いままでは日本はアジアの小国という感じを持っていたけれども,アメリカが非常に意識している。英文のタイトルだけつけてあれば,日本語でも向こうが読んでくれるのではないか。もっと日本人が自信を持っていいのではないかという気がしました。

-若い人々の参加を求めて-

【林】そうですね。狭い意味での国際化ということではなくて,日本語で表現したほうがむしろ適切だというものは,日本語で表現し,しかしなおかつ多くの人に読まれやすいような雑誌のスタイルを考える必要がありますね。最後に,ウマの科学を発展させるためには,中核的な研究者の育成も大切な課題ですが,残念ながら日本ではウマ研究者の高齢化という問題があるのではないかと思います。学会として,何かお考えはありませんか。

【会長】世界牛病学会というのに私はずっと参加していますが,どうも若返りが少ない。ところが世界豚病学会は非常に若い。しかも女性がいっぱい来ている。

【林】それはいいですね(笑い)。

【会長】このウマ科学会の中も,ちらほら女性が参加してくださる。文化女子大学の柴田先生みたいに,ずっと美術解剖の面から参加しておられる方もいる。学生の中にもウマに興味のある人が来てくれる。そめ人たちに,意見を言える場を作られなければいけない。そういう企画をやれば,非常に若返るし,その意見がシビアに出てきます。若い人にウマの好きな人がいっぱいいますから,それを汲み上げない手はないと思います。とくに人文科学系の人の研究も引き込むべきでしょう。

【林】その汲み上げる4つの方法として,若い人たちにウマの科学をしてもらいたいのですが,なにしろ相手が大きいものですから,とてもカネがかかる。ネズミぐらいだったら何とかなるけれども,ウマは難しい。こういう問題がありますね。それがネックになって,ウマの科学そのものがなかなか発展しにくいという状況があると思うのですが,これについては先生,何かお考えがありますか。

【会長】われわれ研究者は,JRAの研究費でずいぶん研究をさせてもらっています。今後ますます研究費を充実していただくようにお願いするとともに,他の研究費,たとえば学会の前夜祭みたいなものをやって,各界各層の人が集まって,研究費を取るためにこういう動きをしようでないかとかという,そういう動きがあってもいいのでないかと思うのです。学会としての基礎的研究,たとえば日本のウマと外国のウマの,骨折頻度の違いを調べることも必要です。それは調教技術によるものなのか,あるいはウマの体型そのものによるのか,あるいはイギリスでは水のカルシウム濃度が300ppmあるのに,北海道では15ppmぐらいしかないためなのか。もう少し研究の専門家としての意見を出していけば,きっとどこかから水が湧いてくるようにカネも湧いてくるのではないか,と思います。

【林】科学とか芸術とか,文化的なものは,ある意味で一見非経済的であるように見えますが,それは短期的に考えた場合のことで,長期的に見るとこれほど経済的なものはないのではないかと思います。「非経済性の経済性」を認識していただいて,この学会を支援して下さると,もっともっとありがたいと思います。そのためにも,私たちがやっていることを,ちゃんと示さなければいけないということですね。先生の今日のお話をまとめてみますと,いま中心になっておられる年輩の先生方が中核になって,これまでの経験と蓄積,それを生かしてウマの科学を発展させるために努力される。また若い人々を育てていくことに重点をおいた活動をおこなう。これらの活動を,研究を支援して下さっている方々にご理解いただき,さらに世界に責任をもつようなウマの科学を日本で育てていく,ということになりますね。

【会長】そうですね。いますぐ完成された富士山のような山をつくることはできませんが,若さがほとぱしるような,若い人の意見がどんどん入れられるような,学会にしていきたいと思います。こうしたエネルギーは,きっとあちこちに私は芽として生えてくるだろう,それで大きな大木になってくるのでないかと思うのです。

【林】今日は,どうもありがとうございました。

カマルグ

※このページで使用している写真は、(株)講談社発行の「世界家畜図鑑」から引用しています。